TGR2010大賞 審査委員総評[桑田信治さん]

審査委員総評[桑田信治さん]

連載4回目は求人情報誌an weekly(アンウィークリー)北海道版([株]インテリジェンス発行)の編集人・桑田信治さん。

桑田さんは記事取材等を通じて札幌のアマチュア演劇人と交流を持ち、小劇場を中心にジャンルを問わず毎年多くの芝居を鑑賞しています。

「いつまでもいち観客」が信条。TGRの審査委員は今年から。

今回は観劇した舞台すべてに講評を寄せていただきました。

●審査委員・桑田信治さん(an weekly北海道版編集人)の総評


(以下、桑田さんの原稿です)
はじめに。
やはり予想通り講評時間が長引き(てか僕のせい?)、公開審査会では充分に論議を広げることはできませんでした。「何だこんなモンか」と思ったかもしれませんが、それでも半歩前進。昨年・今年のスタッフの方々、そしてすべての関係者の方々のおかげだと思います。ありがとうございました。
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 事前に「公開の場であまり辛辣なことは云々」というお達しがまわっていたようですが、実はメールをよく読んでいなかったので知りませんでした(笑)。
早口でしかも割愛しながら喋ったので、力不足で一部曲解を招いた向きもあるかと思います。でも、もしかして実はまったく興味もないのに、通りいっぺんニコニコ誉めてみせるだけなのとどちらがいいでしょうね。
 言わずもがなですが、審査委員に権威なんてありません。思い違いや勉強不足も含めてすべて個人の意見、主観、好みです。自分に見識が足りないのは承知していますが、自分なりにその意味を受け止めたうえで審査委員を引き受けました。これはと思う団体を議論の俎上にあげて6人の意見のみで予備選考をし、5団体に絞られたのちは(意中の団体が選ばれたか否かにかかわらず)その中から無記名投票で選んだのです。たった6人で客席の声すべてを反映できるとは思ってませんが、(日時の都合等で鑑賞できなかった作品をのぞき)全作品を見たうえで判断を下し、討議の妙や合議・投票システムがもたらす運不運という途中経過も知っています。
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 TGRはお祭りですから、エントリーするしないも含めて捉え方はステージも客席もそれぞれのスタンスでかまわないと思います。エントリー理由も、「たまたま」から「賞が欲しい」まで、どれもアリだと思います。
 でも、仮に「賞を狙う」のであれば、そこにはある種勝負が必要です。作戦を立てることも悪いことではありません。
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 (審査対象になっていない団体も含めた)すべてのTGR参加団体、関係者のみなさん、おつかれさまでした。そして作品を観せてくれて本当にありがとうございます。各賞受賞団体、関係者の皆さん、心からおめでとうございます。すべての会場の客席のみなさん、ありがとうございます。来年もそれぞれのスタンスで一緒にTGRを盛り上げていけるといいですね。今回たまたま舞台を観たという方、気に入った団体・アーティストさんがいたら、今後も応援してあげてください。劇場を出るときは、ひと事でもいいのでアンケートを書いてください。客席側の主役は僕たち一般客です。──そして今回、ひとりで全作品を鑑賞された方がもしもいらっしゃったなら…あなたにはもちろん審査に加わる資格があります。次の審査委員やります?大変だよー(笑)。
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 「総評を」と頼まれたのですが、ひとからげには話すことができません。舞台表現を受け止める、ということは、とても個人的な作業だと思っています。出逢いといってもいいです。 だから、「ある人が評価する作品をある人はどうして評価しないのか」(逆もあり)とは、僕は思いません。作品に共通しているのは、志を持って幕をあけたこと、だけだと思う。だから僕はどの作品も、いち観客として充分楽しませて頂きました。(何でもいいのかって?いや、去年のTGRは10本ほどしか観てませんが、あ、ダメっていうのがあったんだけどなあ。)
 実は今回は、意識してなるべく前情報を得ないまま観させて頂きました。何度か拝見している団体も、初めての団体も、分け隔てなく、予断を極力排し、下馬評に耳を貸さず(笑)。
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 さて──残りは、このあとを書くか書かないかだけです。書かない、という利口な方法もあったのですが、自分の見識の低さが露呈するのを承知の上であえて書かせていただくことにしました。以下、各作品の個人的「感想」です。
(文責はすべて僕自身のみにあります。ご意見は個人あてにお願いいたします。)
(パムンサ、学生演劇祭前半作品、座・れら、乱拍子の各作品は開演日時の重複で拝見することができませんでした。ご了承ください。)

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EC.DELTA 『こむぎいろのレガート』

「ハロー、ハロー、聞えますか?」──等身大の視覚障害者=ふつうの女の子を、説得力をもった役作りで演じた主演(妹)の高田麻衣さんの魅力に引っ張られて見ました。コミュニティラジオにDJとしてスカウトされるシーンも、彼女でなければご都合主義的展開に見えてしまったかもしれない。仮に「主演女優賞(若手部門)」というカテゴリがあったのなら、千年王國の坂本さんとともに、彼女をまず推したと思います。終盤、都会から来た皆を見守る若き農場主(小石川慶祐さん)のセリフ「俺にとっちゃ珍しくもなんともないいつもの景色──でも、何か感じるんだろ?」もすてきだった。人と人、心と心のつながりを音と言葉と星空で温かく描いた佳作でした。
 ただし、さほど大きな事件が起きるわけではない1時間半のホームドラマでは、登場人物へのスポットのあて方をもっと整理すべきかなと思いました。例えば、「自分探し?自分はここにいるのになぜ探す?」というセリフは、脚本の言いたいことのひとつだとは思いますが、僕にとっては作品の流れに対して抵抗が強すぎました。
 過去にアクション・エンターテインメント集団として定着していた劇団のホームドラマ第2弾ということですが、個人的には、TGRではもっとエンターテインメントな作品で勝負してほしかったです。カタルシスのあるアクションを交えながらヒューマンなドラマを展開することも可能な実力を持った劇団だと思います。認められる機会の少ない札幌のエンターテインメント芝居をまだまだ牽引していってほしいです。

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人形劇団ばおばぶ『人形劇 トラックとらすけ』『おおきなかぶ(だいこん)』『はらぺこあおむし』

 昨年だけでも50ステージをこなされている、ということで、まさに100戦錬磨の舞台を見させて頂きました。子供たちをどうやってお話にひきこんでいくか。大げさに言うと演出の原点を見させて頂いたと思っています。
 車の人形は動きが限られてしまうので、表情が難しいですね。クルマだけが出てくる場面では動きよりセリフ頼みになってしまう感じもありました。でも、ブルドーザーなど、メカニカルな関節(アーム)のあるクルマが、かえってその中で引き立って見えるなあと思いました。2つめの「大きな大根」は客席との対話の中で物語が進んでいくのですが、子供たちも知っているお話を、筋を「先読み」させることで皆を引き込んで行く手法に感心しました。先読みする楽しみという点では「はらぺこあおむし」もそうですが、こちらは音楽劇として、大人も楽しめるとても芸術性の高い作品だったと思います。上質なクレイアニメのようでした。

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劇団イナダ組『ミズにアブラ、ヌカとクギ』

 エントリーシートには「馬鹿馬鹿しい演目が多かったイナダ組の、真面目な芝居を見て欲しい」と書かれていましたが、僕が本来イナダさんの脚本に持っているイメージは、今回の演目のようなものでした。これはドキュメンタリーですね。答えのないドキュメンタリー。 よく訓練された役者たちが何度もライブで再現するドキュメンタリー。そう思って観ました。そう考えるとこの作品は、さすがイナダ組、としかいいようがないです。
 ただし。イナダさんは「自分はこんなに若い人の事がわかるんですよ。」と言っているだけでいいのだろうか?どんな陳腐なものでもいいから、光のある方向を提示してほしかった。「それじゃ解決にならないじゃん」とか「大人の答えだよ」と言われようが、イナダさんも親の世代の一人として、答えを見せてほしかったと僕は思います。
 今の若い世代の表現者たちは、たとえ陳腐とか稚拙とか言われようとも、精一杯答えを探そうとしているしそれを求めていると思う。イナダさんも20年前はそうじゃなかったかなあ。
(これは問題提起のための作品だ、と言われればそれまでですが。)

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劇団深想逢嘘『乱歩のはなし工場(こうば)』

「少年探偵団シリーズ」かと思ったら、思いっきり騙されました(笑)。 現実と非現実の間を行き来するこの劇団独特のテイストを子供向けにどう料理するのかと思ったら、「ネバーエンディングストーリー」を下敷きにした異世界(非現実)への冒険劇。うまい方法でした。
 心配もしていました。案の定、ふたを開けてみると難解…というより冗長なOP(名探偵登場!までのシーンが長すぎましたね)に、一部の子供たちは集中が切れてしまい、落ち着かなく席を立ったり私語を始めるありさま。
 場末の芝居小屋、熱意のない(失礼)観客の前で延々と続く三文芝居──そんな痛い状況が目の前で展開され始め、チラチラと視界をさえぎる子供たちを見なくてすむよう目を閉じていたら……正直、つい睡魔に襲われてしまい、すんでの所で目をあけたとき──。
 舞台を取り巻く情景──熱意のないオーディエンスの前で繰り広げられる芝居。登場するキャストは役名ではなくすべて実名で、しかもそこには顔のない犯人(変装の名人)が隠れている──仮想世界(本の中)と現実世界。だが、この舞台の虚実の境界線は、ステージと客席の間にひかれているのでありませんでした。さらにもう一つ外側。「額縁」の中に観客(歩き回る子供たち)までも引き込んだ劇中劇──入れコ構造になった虚と実を自分は見せられているのではないのか。どこまでがつくりごと(嘘)でどこまでが本当(実)なのか、という事に考えを巡らせたとき、すでにそこは劇団深想逢嘘の世界でした。
(城谷さんがそこまで計算していた、と言ったらあまりに買いかぶりすぎだとは思うのですが(笑)。)
 子供向け作品としてのみ捉えるならまだまだ整理する余地はあると思いますが、そんな深想逢嘘らしさが素敵だと思いました。また、どんな逆境の場面でも客席の子供たちが「この人が絶対に勝つんだ」と信じて疑わなかった「探偵・ポー先生(城谷)」の俳優としての魅力にも触れておきたい。シリーズ次回作とともに、また、「大人向け」の芝居にも期待しています。

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札幌ろうあ劇団舞夢『feel to ~想いを~』

 エントリーシートでは「ろうあ劇団がどこまで通用するのか試したい」ということでしたが、まったく普通に通用するのではないかなと思いました。
 コメディタッチのシーンでは、感情表現が大きくなるという点で手話が活きるし、 今回扱ったテーマ「コミュニケーションの大切さ、難しさ」も、ふだん皆さんが実感されていることだと思いますのでとても説得力がありました。そういった自分たちの強みを今後もどんどん作品に活かしていくとよいと思います。
 ここまでの作品を創り上げるのには、健常者の我々が想像のできないご苦労が色々あるのだと思いますが──演じる方と、声の出演をされる方に分かれているので、どうしても通訳劇のようになってしまうのは仕方ない部分だと思うのです。 違和感は見始めた最初だけで、お芝居に感情移入できれば何も気にならない部分です。でも逆に、だからこそ冒頭は「手話劇」のインパクトよりは普通のお芝居に近いものに見えるような演出の工夫(セリフや動作のシンクロにもっと敏感に注意をはらったり、SEを使ったりなど)をして、一般客の心をつかむ積極的な工夫をしてほしいと思います。
 ときおり見せる手話だけのシーンはとても意義のあるものだと思います。ですから、それを活かすためにも、導入部には注意を払う方がよいと思います。ひとりでも多くの一般のお客様に見てほしい、ということだと思いますので、あえて言わせてもらいました。

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劇団AND『ファンク漂う ~君と僕の爆発だ~』

 好き嫌いの分かれる作品だとは思いますが、僕は楽しく見ました。ああ、亀井さんは映画が好きなんだなあ、と。場面が飛ぶのも映画的というか映像的だなあと。
 「気持ち悪さが心地よい」と言った方もいましたが、孤独な主人公と彼の唯一の友人とのやりとりにとても素敵な言葉が多く、暴力性や不気味さよりむしろ僕には孤独な優しさが募っていきました。
 エンディングにサントワマミー(あれ、「ろくでなし」だったっけか?)を持ってきたのは「あのまま終わったらあまりに救いがなさすぎる物語なので」とあとで本人から聞きましたが、その終わり方はある意味映画のエンドロール的でもあるけど、そこが、ふりあげた拳を「なんちゃって」と笑っておろしてみせる亀井さんの人のよさなんだと思ってしまいます。僕は、主人公の中にある優しさが心に残ったので、作品的には拳を振り上げたままでおわってしまってもよいと思いました。
(それを「中途半端」と表現する人もいますね。そうなのかも知れません。)

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開幕ペナントレース『ROMEO and TOILET』

 どんなお芝居でも、ひょんなところで「ツボ」にはまるときがあります。それは、脚本・演出や役者自身も意図していないところだったりすることもしばしばです。が、開幕ペナントレースの場合は、あらかじめ意図して、計算づくでそのツボが整然と敷き詰められているかのようです。肉体を駆使したパフォーマンスも、とても素晴らしいものでした。
 ただし、これを「新ジャンルです」「既存のお芝居を観る概念では見ないでください」と宣伝したのが、僕には逆効果だったような気がします(舞台に宣伝はつきものですが)。 これは内容とは関係ないのだけど、とにかく、客席が開演前から異様に温まりすぎていて居心地が悪かったのです。「さあみんな笑いましょうね。これ見て笑わないヤツは遅れてるよ。」っていう感じ。(それだけ期待されているっていう証拠でしょうが、情報が先行して行き渡っていたせいか、なんだかホームグラウンドでやっているような温かい雰囲気でした。)
 「既存の概念では見てはいけない」という言葉で観客を縛るのも、既存の概念なんじゃないでしょうか。
 良い意味でもわるい意味でも「異星人のショーパブ」という言葉が浮かびました。──「スターウオーズ」の異星の酒場にうっかり迷い込んでしまったハン・ソロのような居心地の悪さです。──舞台へのリアクションを間違うと、まわりの席を埋めるエイリアンに自分がよそ者だとばれてしまい、とって喰われてしまうぞ、という──こんなに温かいお客さんを前にしていると、演ってる方も「裸の王様」になりそうで危ういなあと思いました。
 後半にあった「999」ネタ、イントロが出た瞬間に僕はもうニヤニヤしてたんですが、役者が出てきて周りが笑い始めるころにはもう醒めちゃってるんだよね(自分がずれてるのかなあ)。面白かったし楽しかったけど、事前情報から「自分の既存の概念を超えるもの」を期待していたのだと思います。残念ながら今回は、そういう面白さではありませんでした。
 これは、本当のアウェイで演っているところを観たかったな。NYとかでやっているところを観たらもっと自由に楽しめたのかな。いやいっそ、こういうへそ曲がりは自宅でひとりDVDで観るしかないのかもしれない、とも思いました。(今後は、こんなひねくれたお客をどう巻き込んでいくかを考えてほしいです。)

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プラズマニア『W!』

 「芝居よりもライブに近い」といわれる感覚(僕にはこれもお芝居そのものに見えますが)は、今、観客動員数をどんどん伸ばしているのもうなづけるところ。最近はソロプロジェクトとしてまた違ったアプローチも行っている主宰が、このTGRにいつものプラズマニアで乗り込んだ、というのがなにより素敵です。
 ミステリとしては王道とも言える「嵐に閉じ込められた山荘」ですが、登場人物の中に犯人が限定される舞台上では効果的な設定だと思います。シリーズの探偵モノとしては、今回は決め台詞や活躍の場(アクション含む)が少なくちょっと残念でしたが、お約束のように助手が活躍するクライマックスはとても胸が熱くなりました。
 謎解きは…それほど難しくなかったですが、それも、準ミステリとしてきちんとした脚本を作ってくれたからだと思います。加えて「宿敵登場」のシーンでの役者(チヤゲンタさん)の妖しい魅力にワクワクしました。立ち位置や照明効果を十分に意識したエンターテインメントな物語を堪能させてもらいました。
 ただし、中盤、テーマへアプローチしていくくだりはもう少しタイトに進めてもよかったかなとも思います。観客はちゃんと想像力を働かせてメッセージを受け取っていると思うので。
 僕が言うのもヘンですが、プラズマニアは、こういう場ではなかなか評価されにくいのかもしれません(笑)。しかし、だからこそこのまま全力疾走を続けてください。エンターテインメントを貫いてください、と言いたいです。そこに価値があると僕は思います。

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劇団パーソンズ『アオゾラドリーマー』

 役者は頑張っていたと思います。エネルギーも感じたし、個の魅力も感じました。
 でも、ストーリーをただセリフで説明されても感情移入できません。セリフはもっと厳選して、観客にもっと想像させて欲しかったです。先へ先へ興味を繋げるように、脚本はもっと想像力を働かせて書いてください。
 些末な例をあげますが、「ONE PIECE」ネタではくすぐるくらいで充分。今更説明されなくてもONE PIECEが面白いのは分かっているので、役者が客席に向かってONE PIECEをPRするというのはまったくの蛇足です。
 話の筋に関するところでもそう。「不倫して、子供を堕ろしてでも夢にむかってがんばっている」と、終わり際にいきなりセリフで説明されても共感できません。また、客席から笑いがおきていたシーンも、芝居に対してじゃなく「知り合いが舞台で面白いことを言ったから」程度だったと言うことを肝に銘じてください。
 「生まれ故郷の寂れつつある商店街」という設定もほとんど活かされていません。東京に設定を移しても書けるお話だったと思います。今回の内容なら、削って削って30分~1時間くらいで見せて欲しいと思います。
 厳しい言い方ばかりですみませんね(笑)。でも新人賞のチャンスは来年も再来年もあります。まずは旗揚げ公演おめでとうございます!旗揚げも大変ですが、継続していくことはもっと大変ですよね。楽しみにしています。がんばってください。

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さっぽろ学生演劇祭後半作品『ハイパーリアル』

 大学の境を越えて集まった「さっぽろ学生演劇祭」のメンバーによる作品。「劇団しろちゃん」の役者さんが多かったように見えたので、普段大学サークルで演っているようなストーリーのものかと思っていたら、エントリーシートに「第三舞台のような」とあったように、新たな作風に取り組んだ力作でした。この作風も学生のコラボによる取り組み(学生演劇祭)から生まれてきたのだとしたら、とても有意義なことだと思います。
 最初、古典SF的バーチャルアイテム「ハイパーリアル」は、いかにもありがちなものだと思いましたが、それゆえ逆に、ケータイやネットといった「リアル現代の必須アイテム」を使用しなくても今をリアルに描けるという事を、大学生自らの手で教えてもらえたと思います。
 劇中劇的な見せ方は斬新でしたが、その他の入れコ状態になった部分の整理がいまひとつできておらず、もっと緻密な構成に組み上げるか、そうでなければ(謎を残しつつも)もっと平板なタイムラインで進行した方がより伝わりやすかったかと思います。その辺りをもう一度整理して再演を望みたいです。

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劇団北芸『この道はいつか来た道』

 前情報を見ていなかったため、別役実作品だということはまったく知らずに観ました。言われてみればいかにもそれ以外の何ものでもなかったです。
 不条理演劇の代表のようにいわれる別役実の作品ですが、何の違和感もなく自然に、流れのままに観させて頂けたのは、たぶん僕がこのテの作品に抵抗がないということもありますが、役者さんの力量によるところだと思います。「死生観について考えさせられる」というより、僕にとってはただただ愛おしい物語でした。
 もう何度も上演され、そのたびに高評価を得ている作品だということですが、まるで呼吸するかのように自然に、いや、まるでお二人はあの舞台に「住んで」いるんじゃないか、とまで思えました。客出しで立っているお二人の姿の方が違和感がありました(笑)。

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竹内実花+まっつ『やまびこ舞踏会~舞踏に言葉が響くとき~』

 読み聞かせと舞踏のコラボレーションというものを初めて拝見しました。これは、どちらか一つであったなら、初見の僕には集中して見づらかったかもしれないと思います。その意味でもとても意義のあるコラボだと思います。
 実際、朝一番の観劇であったため、冒頭の単独読み聞かせの時はちょっとまだ集中しきれていず、読み手の動きに(良い意味で)気をとられ、ともすれば話の筋が上の空になりがちでした。しかし2演目目で踊り手が現れたとたん、場の空気が一気に変わりました。
 時に清冽に、時に幻惑するかのように。踊りながら読み手にからむように多彩な表情を見せる舞踏は、表現力という点で舞台に関わる若手すべてに参考にしてほしいと強く思いました。小道具の使い方の巧みさ、読み手とのよくはかられた呼吸…その読み手も、時に登場人物として動き、時に踊り手の相方となり、静と動の使い分けがすばらしく、二人のシンクロは息をのむほどでした。もっと多くの人にみてもらいたい、と強く思いました。まず最初に僕の大賞候補のひとつとなった作品です。

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弦巻楽団『音楽になってくれないか』

「15年の眠りから目覚めた」という、わかりやすい設定で一気に観客の興味をかき立てる、非常にうまいOP。すぐに物語に引き込まれました。なくしてしまったもの、おわってしまったもの、手にいれられなかったもの、二度と手にはいらないもの──今回の「劇団仲間との15年」は、脚本家自身のストレートな投影と単純に捉えがちですが、まったくそれとは違うところでの弦巻さんの想いを、あえて「演劇」の世界に投影したのかもしれません。そのどちらなのか、あるいはどちらでもないのか…それは僕にはわかりませんが、単純な投影ではないからこそ、演劇をやっているやっていないに関わらず共感できる、そんな作品になったのではないかと勝手に想像しています。
 誰もが持ち得る(あるいは持つ事のできなかった)かけがえのないものへの憧憬が込められており、そこが心の琴線に触れるのです。それを脚本化できる弦巻さんと、演じた役者さんたちに拍手を送りたいです。
(ちょっと期待してた「新たな照明効果」が、まさか影絵だったとは思いませんでしたが(笑))

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札幌室内歌劇場『イオランタ~盲目の姫』

 オペラ公演を劇場で拝見するのは始めてでしたが、僕はこういった造形の人形が大好きなので、人形劇とのコラボということもあり、とても見やすかったです。これもまた、どちらか一方だったら初心者には集中しているのが難しかったかもしれない。その意味でも親しみを持って観ることができました。
 人形がお芝居にどう絡んでくるのかにとても興味がありました。人形の役割分担(役者と同じ動きをしたり、時に心象のみを表わしたり)が一定ではないのを僕は興味深く観ましたが、混乱して見えた向きもあるかと思います。僕は時に人形の動きだけを追っていました。生歌つきの非常に贅沢な人形劇だなあと思いながら。
 人形の衣装と操演者の衣裳の色のマッチングも素敵でしたし、客席側に作られた壮大な山城の王国は、まるで屋外シアターのような広がりを感じさせてくれ、この物語をいっそう引き立つものにしていたと思います。

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広州演劇協会『-タシラギ-再生-』

 韓国のお芝居は初めて拝見しました。日本人に通じる死生観、それでいて確かに異国文化を感じるとともに、ウエットな明るさは、同じアジアの国であると強く感じました。
 伝統芸能色の強い作品ですが、庶民的なエネルギッシュさはとても楽しいものでした。風刺や哲学的なセリフなど、字幕では多少観る方が追いついていかなかったのが悔しかったですが、片側で、字幕がなくても分かるシーンも多々あり、これが例えば韓国ではなく別の国の作品であったなら、果たして字幕なしで分かったかどうか、とも思います。
 とても有意義な出逢いだったなあと思う片側で、きっと僕にはベストな楽しみ方が出来るほどの深い観方ができていないだろうなあ、とも感じました。──今回、開演時間の重複でもうひとつの韓国作品『その島での生存方式』を残念ながら観ることができなかったからです。全くテーマの異なる現代劇ですが、2本の差異、共通点ほか、色々な意味で『その島でも─』を観ることで『タシラギ』の見え方、感想なども変わってきたという気がするのです。その意味ではちょっと残念でした。

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ディリバレー・ダイバーズ『シャッター街引導カレー』

 過去の公演ではひとつの勘違いネタを延々引っ張るコメディだった同劇団。今回は少し趣が違い、主役が舞台で(本当に)カレーを作り続けるという物語。劇場側の協力もあったと思いますが、まず、この企画をTGRで実行した柔軟なアイディアがとても素敵でした。舞台中央に調理台を設置することで背景が限定され、その他のシーンは素舞台に近い状態でしたが、クライマックスに向け最大効果をねらった構成に拍手。脚本・演出に迷いがない分、役者の最大パフォーマンスを引き出すことに成功したと思います。
 「利害の一致しない双方が幸せになり、加えて、第三者も含めて皆が幸せになる方法を探そう」という解決方法は理想論かもしれませんが、理想へのアプローチは僕は大事だし素敵だと思います。ただし、「解決方法自体がテーマではなく、これはひたすらコメディである」とパンフレットに書かれていましたが、これを言い出してしまったからには「テーマではない」で通用することではないので、『アオゾラドリーマー』同様、物語の背景となるシャッター街についてはもう少しリサーチをすべきだったかも知れません。
 ただ僕としてはそういう難しいことに頭を突っ込まず(笑)、このまま当分は「僕ら何も考えてません」的なコメディ路線で突っ走って欲しいと思いました。

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おびひろ市民ミュージカル
『ミュージカル さようなら スパッツァカミーノ!』

 原作について細かい知識がなかったのですが、冒頭の、主役とその親友の二人が酒場で離ればなれに売られて行くシーンで最初に歌う歌(未来への希望を込めた歌)が、情感にあふれていて胸がいっぱいになり、一気に感情移入できました。よく構成され、鍛えられ、チームワークが活かされたとても素敵なミュージカルでした。
 今回、主役陣は子供たちでしたが、その多くは既にまわりが見え始めている年齢の方たちだと思います。舞台に立つ事の難しさを大人と同じようにとらえ、また、舞台以外の事も生活の中でウエイトを占め始めている年齢──やることがいっぱいあるだろうに(笑)、舞台に立ってくれて素敵だなあと思いました。でももちろん、舞台がすべてではなく、これから先どんなことに夢中になってもいい、そのためにも、皆で作り上げることの素晴らしさをここから学んで欲しい、と思うのです。ですからパンフにも書かれていた同団体の指導方針にはとても賛同いたしました。

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LAUGH LAMP 『ここだけの話』

 札幌の小劇場等で活躍する実力者揃いの作品。とても安心して観させて頂きました。たとえインパクトは大きくなくても、誰にでも勧められる、素敵な作品作りにも共感します。脚本の目線の暖かさは、作風としてとても貴重だと思いました。
 ただし(それが作風でもあるのでしょうが)、全体的に人物像の掘り下げが少しライトな感じが僕にはしました。その分、観やすくはあるのですが食い足りない感じ──例えば主役に関しては、主人公にしか見えない「首だけの男」を通してもっと内面を掘り下げて欲しかった気もします。
 同団体はいわゆる「賞狙い」のつもりはないのかも知れませんが、せっかくエントリーしているのですし、これほどの実力者揃いなのですから、札幌演劇界のためにももっと欲を出して「おおっ!」っと思わせる作品をTGRでは期待してしまいます。よろしくお願いします(笑)。

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Paing Soe『わたしの好きなぼうりょく』

 タイトルに「ぼうりょく」とありますが、特にそれは感じませんでした(まあ、タイトルは単に記号だからいいのですが)。それよりも、僕が感じたのは何ともいえない気分の悪さというか(良い意味で。)…「気持ち悪い」という点では、僕の中ではANDよりこちらの方が上。何となくモヤモヤして自分の中に抑圧された暴力的衝動が蓄積されていくような心地の悪さです。(もしかしてそれがタイトルなのかな?)
 この場で抽象的な事を言うのはよくないと承知しているのですが──僕が感じたイメージは、「凪ぎみのモノクロの砂浜に、薄ピンク色の物体がぽつんと転がっていて、そこだけ色がついているイメージ。」です。何のことかわからなくてすみません。
 クライマックスで円柱状の檻が回転して、中にいる人物が8ミリフィルムのコマ送りのように見える演出がとても素敵でしたが、(後から聞いたのですが)本当の最大効果はそこに映し出される映像だったそうです。僕の観た回は配線アクシデントでそれが映されず、いったい何を見せてもらえたのか今もって分からないのが非常に残念ですが(笑)、良くも悪くも演出(山田)のウエイトが脚本(川尻)より勝っていた作品だなあと思いました。

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ぐるーぷえるむの森『あらしのよるに ~ガブとメイの物語~』

 言うまでもなく原作の力がとても大きかったと思いますが、それを作品化しようとする想い、子供向けでもありながら、2部構成という大作に仕上げたことがすばらしいと思います。
 僕などはもう既に充分大人なので(笑)、人が演じているぶん、余計に友情以上のものを見てしまうのですが、この物語(小説版)は確かに伝えたくなりますね。劇中「あんなに狭いところで食べたり、食べられたりしていたんだね」っていうセリフと、「緑の森は必ずあるし、あの山だって絶対越えられる」というセリフが心に残りました。特に後者は、今、若い人たちの多くがメッセージにしているものと重なります。そういう意味で、子供たちとか、お父さんお母さんだけではなく、もっと多くの層に知ってもらいたい内容でした。
 結成16年ということで、それ以前から演劇に携わっている方もいれば、最近入ったばかりの方もいると思います。そういった敷居の低さもグループの魅力だと思いますが、「主婦の部活」と言ってしまうことで、観に来る人の層が限定されてしまうとしたら、とても残念に思います。
 ガブを演じていた方が病気のため車いすや歩行器を使っての出演ということでしたが、いざ始まってみると、演出のうまさもあって違和感は全く感じませんでした。オオカミ同士の戦いの場面などは子供たちにはちょっと分かりにくかったかもしれませんが、車いすを使われる方がお芝居に自然にとけ込んで演じている姿を当たり前のものとして観る、というのは、子供たちにとってもかけがえのない経験になったと思います。

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町民舞台東藻琴『薄荷物語-軌道が走っていた頃-』

 正直、演技という点ではすべての方がうまいお芝居ではないのかも知れません(笑)。でも、観劇させて頂いた回は関係者の方が多くの席を占めており、知り合いが登場しただけで拍手が起きたり、「__さんちの孫だよ」とか「どこそこの__さんだよ」とか言うささやきがそこここで聞こえ、非常に微笑ましいというか(笑)、これもまたお芝居の原点だなあとすごくすごく楽しく観させて頂きました。
 汽車の造形やハッカのにおいが懐かしい。薄荷工場や昔の風物、庶民の生活、そして伝統芸能の伝承と、色々な面で有意義なつくりになっており、それらすべてをひとつの芝居仕立てで、町民の舞台として伝えて行くというのは、とても素敵だなあと思いました。

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江田”J”智行『Low Low Low』

 とても熱のこもった素敵なお芝居でした。チームワークのよい、隙がない舞台だったと思います。
 ただし──序盤からの笑わせるシーンで今ひとつ笑えない。可笑しいし、うまいのに…というのが率直な感想です。(結果論的な物言いですみませんが)なんとなく、物語後半の緊張感がすでに役者の間から漏れてしまっていたような感じがします。前半はもうちょっとリラックスして観たかったかなあ。
 後半のもって行き方は、多少展開が見えていたにしても、とてもうまいなあ、という印象を持ちました。が、やり切れないエンディングはよいのですが、僕としてはこの尺の物語のエンディングとしてはもうちょっと方法があったようにも思ってしまいました。

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劇団TPS『クリスマスキャロル』

 原作については絵本程度の知識しかありませんでしたが、舞台装置をあそこまで動かしてくるとは思いませんでした(しかも役者の労働で 笑)。
 序盤は落ち着かず見ていた部分もありましたが、これは、小説になるべくフィルターをかけないまま見せるための、手間のかかる演出なのだな、と思いました。それと同時に、(舞台裏を見せるような行為で)そこここに「隙」をつくり、計算のない(という緻密な計算の上で)笑いや楽しい一体感を生もうという演出(清水)の考えなのかもしれません。そういった行為が、生身の人が演っているというリアルを生み、不思議と物語に血肉を与えていた、とても複雑な仕掛けのお芝居だったと僕には思えました。
 古い翻訳文だと思われる時代的な言い回しに冒頭は入り込めなかったのですが、1番目の精霊の後半のエピソードあたりから主人公にリアルを感じ始め、そこからは、セリフが集積されればされるほど、物語が進めば進むほど、とても伝わってきました。肩のこらない楽しい舞台でした。
 主人公がクリスマスの街を歩いて行く最後近くのシーンで、路上で起こる数々のエピソードを心持ちにしている自分がいました。映画だとおそらくカメラが引いていって俯瞰で終わるんでしょうね、イギリスの街並みで終わるラストも素敵でした。

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intro『わるい子』

 円形の素舞台で繰り広げられる継ぎ目のないシーンの連続、という、観るている方にはある種エネルギーを必要とされるお芝居でしたが、楽しく構成され、想像力をかき立たせるものであったと思います。初心者向きではないかもしれないけど、芝居というカテゴリに逆にとらわれず、好きな人は(普段芝居を見ない人でも)食いついてくるようなものであったかと。(ただし僕には、「わるい子」が何なのかはわかりませんでした。)
 人と人とのつながりが何だか素敵に思えてきました。円形舞台の端と端にいる二人がつながり、その一人がもう一人とつながり…つながった人同士の間には、空にかかる虹のように目には見えない弧を描いたラインがひかれていき、無数のラインがやがて円形舞台をドーム状に覆っていくようなイメージ。ただし、覆われてしまうとそこは閉鎖空間になってしまうように、繋がれば繋がるほど世界は閉じて限定されてしまうような感じ。──それは、繋がることによって存在が確定されると、世界が閉鎖されるっていうことなんだろうか…と、また、抽象的になっていきそうなのでこの辺で(笑)。

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劇団千年王国『ダニーと紺碧の海』

 大作で大賞を受賞した翌年の、若手男女による二人芝居。意図的かどうかは別として、この辺はうまいと思います。エントリーのツボを心得ているという点では、TGRに勝負をかけるのであれば他の劇団も見習ってほしいなと素直に思いました。
 バースタイルの会場での二人芝居、初日ということもあってか、序盤は荒々しさが先行して多少感情移入がしにくかった気もします(物語の舞台が自分にとっては非日常だったからだけなのかも知れません)。後半、(夜から朝へ時間が経過し)女性がメイクを落としてからは、格段によくなったと僕は感じました。
 劇中の二人の荒々しさ、ピュアさが伝わってきたのは、この(若い)二人だったからこそかも知れません。相当叩かれたのだろうなと思われるし、このテのお芝居の場合、演出とのディスカッションも相当長かったのかも知れません。赤城さんは初見ですが、坂本さんに関しては、過去に見た芝居とはある意味別人のようでした。
 (人死にが出るかと思われたので)ハッピーエンドだったのもこの二人に似合ってとても素敵でした。
 余談ですが、僕は審査員なのに、ビールを飲みながらすっかり浸って観ておりました。

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札幌オペラスタジオ『COSI FAN TUTTE 全幕 ~恋人たちの学校~』

 申し訳ないのですが、オペラに関しては、語るほどの見識を持ち合わせていないのでまったくの観劇記録ということにさせてください。
 原語での上演なので正直僕の見識でついていけるかなと思いましたが、前回(『イオランテ─』)の経験から物語のあらすじを読んでいた方がより楽しめる事を知っておりましたので、パンフレットを事前に読んだところ非常に肩のこらない楽しい演目だという事がわかって正直ほっとしました。
 「貞淑とは不死鳥のようなもの──高貴だが、だれも見た事がない」──話もわかりやすく時にコミカルに進むので、集中して楽しむ事が出来ました。もちろん、現代的な演出がされていたのかとも思いますが、遥か昔の物語という感じはしませんでした。
 字幕が舞台上方に出るので、役者の表情と字幕を同時に見る事が出来ず残念(改善を望みたいですが、構造上技術的に仕方の無い事なのでしょう。直せるならとっくに直していますよね)。
 ただ実際には、劇が始まってからはストーリーを追うより一幕一幕で歌われる歌曲を楽しむというスタンスでいられたので、字幕はそれほど気にしませんでした。また、女性キャストの方がとてもキュートで(こういう楽しみ方をしてもいいんですかオペラって)、コミカルな演出も含め、とても楽しく拝見しました。これはやはりTGR向けの初心者にも観易い作品のひとつなのでしょうね。
 原語オペラはTV桟敷では観た事がありますが、字幕がついていてさえ、楽しむという域には達していませんでした。やはりこれはライブで観るべきものだと思いました。

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※ほか、エントリー外になりますが、COLORE『もえちゃん丼』も拝見しました。市民記者の方のブログにもあったように、自己肯定感にあふれたとても楽しいステージでした。