【作品紹介5】中橋修氏、風間真悟氏、大島慶太郎氏

500m美術館に参加している作家さんの作品の一部と
説明文をご紹介します。
5回目は、美術家の中橋修さん、美術家の風間真悟さん、映像作家の大島慶太郎さんです。

中橋 修(美術家)
作品タイトル
「安息」「広がり」「繋がり」「発散」「共鳴」
『元気』。これが今回の制作で設定したテーマ。
発表の場が公共の通路であることを考慮して、思考に訴えるというより瞬間的な感覚を通じて伝わるよう視覚的要素を重視した。とはいえ、それぞれの形や色にはそれぞれの意味を持たせている。形には〈安息〉〈広がり〉〈発散〉〈共感〉〈共鳴〉〈繋がり〉などを、青には〈空間、領域、間〉を、赤には〈エネルギー、生命、力〉を、黄には〈気持、心、メッセージ〉などの意味を含ませた。
これらの作品を目にして、ほんの少しでもドキッとしたりわくわくしたりスッキリしたりしてもらえると嬉しい。そして、わずかでも元気やヤル気や勇気も湧いてきてくれたならもっと嬉しい。
どんな人にとっても自分を発揮でき自分を活かせる〈とき〉と〈場〉はとても大切なもの。そこには、それを受け止めてくれる人がいることも必要になる。誰かと繋がっているという実感が元気の源になり希望の支えになってくれる。
多くの人達に作品を観てもらい繋がりを持てるこの場を与えられたことに心から感謝したい。

風間 真悟(美術家)
作品タイトル
「Screen-cage」
「Screen-dot」
「Screen-grid」

絵画とは壁面であり、境界であり、結界である。現代で言えばTVやPCの画面。
はるか昔、人間は獰猛な動物から隠れるように洞窟に住んでいた。
その際に描かれたといわれるのがアルタミラやラスコーの壁画であるが、
そこに描かれたのは牛や馬などの動物。「この世界」と「向こうの世界」を
つなぐ役割として描かれたのである。星空を眺めて物語を想像したように、
壁の向こうの世界を想像したのである。

実際、この壁の向こうに何があるかは確かめようがない。
何かの部屋が存在しているかもしれないし、何者かが隠れているかもしれない。
水や電気が通っているかも知れないし、人が行き交っているかもしれない。
レンガで埋め尽くされているかもしれないし、実は、何もないのかもしれない。
壁という物理的に視界を塞ぐ物がある限り、向こう側の世界は想像するしかないのである。しかし、その想像こそが絵画が絵画たる所以である。

そして、この世の中はすべて「見えている」「知っている」「存在している」
と思い込んでいるだけの「錯覚の世界」「想像の世界」「架空の世界」である。

大島慶太郎(映像作家)
作品タイトル
「I open a map.」
日常、繰り返される何気ない動作。
時折頭を過る重なり合ったイメージ。
撮り溜められた日々の記録から、
ぼくは、記憶の底を探ってみる。